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自己紹介

  • 2014-06-23 (月) 13:57

足跡は、こちらにお願いしまーす。

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リスト リンクについてのお詫びとお願い
ブログへのリンクは勝手に貼っていただいてまったくかまいません。
てか大歓迎です。お願いしますm(__)m
事後でもご連絡いただけましたら、覗きに伺います~。

「相互リンク」につきましては、チョイとイヤな目に遭って懲り懲りしたのでもうどなたからもしばらくは受け付けないことにしましたすいませんごめんなさい許してください(T_T)

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リスト 住んでいるところ
オーストラリア・クイーンズランド州・ブリスベン在住。
1998年に、家族移住で引っ越してきました。
ブリスベンでの暮らしの中で一番気に入っているのは、湿気が少なめで気温が高く晴天の多いブリスベンの「天気」です。
ただ、ここ数年は「大渇水」にも関わらず「大洪水」が発生するという変な状態が続いており、ブリスベンからの引越しも考えてみたりする日々です。
リスト 出身地と今まで住んだことのあるところ
生まれは東京都。
東京都出身の父と千葉県出身の母とのハーフ(ダブル)!
中学生のときに東京から千葉に引越したので、育ちは半分千葉県房総。
茨城県、長野県、富山県、シドニー、ブリスベン、また新婚時代は一瞬(数ヶ月)だけオットの出身地である福岡県で暮らしていたこともあります。
リスト 家族構成
オット(日本人)、ブリスベンの大学に通う息子(日本生まれで5歳からブリスベン暮らし)、現地ハイスクールに通う娘(オーストラリア・ブリスベン生まれ、一時帰国はちょくちょくするものの日本で暮らした体験は無し)、保護施設から引き取った犬のボンゴ(男子)とショコラ(女子)、ギニピッグのモルちゃん(多分女の子)。
リスト KYOという投稿名について
「KYO」ってのは本名のローマ字読みです。「空気読めないオバちゃん」の略じゃありません(T_T)「KY」なんてヘンな言葉が流行って、しみじみガックリです(でもKYってそろそろ死語ですかね。早く流行よ終わってくれ!!)。

「KYO」という名前は「TokyoのKYO」とか「KyotoのKYO」と自己紹介すると世界中の人にあっという間に覚えてもらえてとっても便利!なのですが、オーストラリア人を含む英語ネイティブには発音しにくいらしく、現在「キヨ」とか「クヨ」とか「コヨ」とか「キュウ」とかいろいろ呼ばれてます。
ワーキングホリデーで滞在していたその昔は、バイト先の上司が「ミョウ」とか「ニョウ」とか呼んでくれました。
あの呼び名を越える呼び方をする人は、まだいませんorz
リスト ブリスベンに関わるきっかけ
1988年4月末、ワーキングホリデーでシドニー入り。
日本はもうすぐ初夏という良い季節だったので、ウキウキ気分をひきずって勇んでオーストラリア!・・・に来たハズが、シドニーの薄ら寒さに心底ガックリしました。
南半球は日本とは季節が逆、ということはこれからどんどん寒くなっていくんだと思うと恐ろしくなり、日本が恋しくなって「もう帰ろう(T_T)」と決めました。
でも、「せっかく来たんだから、帰る前に観光していくか~」と思い直し、当時開催されていた万博「Expo88」を見るためにブリスベンへ渡ってきました。
そしたらアナタ、ブリスベンはシドニーとは違って心が浮き立つような暖かさだったんです!!!
そこで、日本に戻るのを止めて、ワーホリ中はブリスベンに住み着きました。
その時には、将来ここに家族で住むことになるとは、夢にも思っていませんでした・・・
リスト オーストラリア探訪履歴
1988年 :5月、 ワーキングホリデービザでオーストラリアに初上陸。英語学校に通うため最初の1ヶ月はシドニーに滞在、その後ブリスベンへ。
その際、同じくワーホリで日本から来ていた、後にオットとなる人物に出会う。
ワーホリでの滞在後半には、約2ヶ月かけて一人でブリスベンから右回りに長距離バスでオーストラリアを一周。
シドニー、キャンベラ、メルボルン、アデレード、パース、ダーウィン、ケアンズなどタスマニアを除くオーストラリア全州の主要都市及びアリススプリングスとウルル(エアーズロック)を回る。

余談ですが、ワーホリ滞在中、のちにオットとなる人物とともにニュージーランドへ行って、一ヶ月かけてヒッチハイクと長距離バスでラウンドしました。

それからオーストラリアでのラウンド終了後、シドニーからの帰り道のシンガポールでオットとなる人物(←旅好き)とワーホリ時に知り合った某オージーと落ち合い、そこを基点に東南アジアとヨーロッパの国々をを3ヶ月間かけてまわる貧乏旅行にも出かけました。
楽しかったけど、つらかった・・・(遠い目)。
ちなみにその時一番楽しかったのは「タイ」でした。
基本的に、暖かい(暑い)地帯が好きな私です(と、いう視点から言うと、ヨーロッパはキレイだったけど、「ここにずっといたい!」と思うような国はありませんでした・・・)

1990年 ~ 1996年 : 観光ビザで、ケアンズやブリスベン、ゴールドコーストなどクイーンズランド州内のあちこちにちょくちょく出没。
「いつかここに住みたい!」との思いを募らす。
が、オットはオーストラリアではなくニュージーランドにも住みたいとずっと言っており、ニュージーランドに家族で旅行にでかけたりもしました。

1997年 : 1月~3月、当時3歳の息子と二人で、飛行機・レンタカー・長距離バス・船・ところどころ貸し自転車で三ヶ月かけてオーストラリア大陸を再び一周する。
オーストラリアの主要都市及びその近郊の小さな町々を周り、ワーホリ時代にはお金が無くて行けなかったタスマニアにも初上陸を果たす。
なお、このときのオーストラリア一周旅行のうちケアンズとタスマニアへの旅は、現在は合衆国の片隅にお住まいのTAMAさんと、その3人の子どもたち(ブー・フー・ウー)が一緒でした。
月日が経つのは早いよねぇー。

1998年 ~ 2005年 : オットが取得した永住権でブリスベンに家族移住!
ブリスベンに引っ越してから数年は、ゴールドコーストやサンシャインコースト、モートン島などのブリスベンの近場ばかりウロウロする。
途中、ブリスベンで知り合った知人の結婚式に参列するため、当時小学生と保育園に通っていた子どもたちを連れて母子3人でニュージーランドへ行き、夏の間1ヶ月間北島をフラフラと当てもなく旅行する。
このときの体験がとっても楽しくて、「ニュージーランドに住むのもいいなぁ」と少し心が傾く。

2006年 : せっかくオーストラリアに住んでいるのにどこにも行ってないなんて、こんなことじゃいかん!と一発発起し、オットの出張に家族で無理やりついて行ってメルボルン観光をする。

2007年 : 前年の「オットの出張に無理やりついて行ったメルボルン旅行」に味をしめ、今度はオットの「仕事なんだか遊びなんだかよくわからないワールド・ソーラー・チャレンジ(ソーラーカー・レース)の出場プロジェクト」を無理やり見学するため、ダーウィンから内陸部を通ってアデレードまでマイクロバスでのオーストラリア縦断ツアーに母子で参加(そのときの話を、足掛け3年もかけて(/_;)以前のブログに載せました。そのログは、そのうちこちらのブログに持ってきたいと思ってます)。

2008年 :年末から翌1月にかけて、サンシャインコーストにあるエミュー牧場でお留守番を任され、そこを拠点にサンシャインコースト内のあちこちをウロウロする。…それ以外は、ブリスベン近郊のイプスイッチとか、ファーンベールとか、サンシャイン・コーストとかに日がえりでちょこちょこ行っただけでオーストラリア旅行には行ってません(代わりに?この年には、私の母と弟と娘の4人で、韓国行ってきました~)。

2009年 :7月、憧れのフレーザー島へのツアーに参加!・・・だがあまりにも過酷な旅で、グダグダに疲れる。

9月、オットが再び参加することになったワールド・ソーラー・チャレンジ改めグローバル・グリーン・チャレンジが始まる前に、伴走車としてレースに参加することになった我が家の車を出発地点のダーウィンへ運ぶ旅に便乗し、ブリスベンからダーウィンまでを長距離列車と乗用車で駆け抜ける(そのときの話は、ブログで書き始めたものの、まだ書き終えていません。そろそろ何があったか記憶があやふやになってきました。すいませんすいませんすいません(/_;))

2010年 :仕事がらみでサンシャイン・コーストに月に二度くらい行くついでに海に行ったり山に行ったり、気まぐれで犬を連れてゴールドコーストの海に行ったりしたくらいで、泊りがけのオーストラリア旅行にはとうとう行きませんでした(代わり?に私の母と娘と親子三代で、カンボジアのアンコールワットに行ってきました~)。

2011年 : ナッツさん、ちろこさんに会いに岩手へ、おやびんさんと生まれたばっかりの娘さんに会いに宮城へ、aveさんの歌を聴きに福島へ行ってきました。
2011年のブリスベンは、1月のしょっぱなに大洪水に見舞われるというろくでもないスタートでした…
オーストラリアのどこかを訪ねる心の余裕も無く、本当に、あっという間に過ぎた年だったなぁ。

2012年 : 4月・6月・9月と1年に3回も日本を往復しました。
母と夫と子どもたちと一緒に隅田川で久しぶりに満開の桜を見たり、初めて大阪の道頓堀に行ったり、母と子どもたちとで鹿児島に行ったり、そして偶然に偶然が重なり縁あって長野県・車山高原のペンションを購入することになったため下見に行ったり契約に行ったりと、日本国内あちこちをうろうろした一年でした。
またもやあっという間に過ぎてしまい、オーストラリア国内では、日本に行くためにブリスベンからゴールドコースト(クーランガッタ)空港を往復する際に道路の構造上お隣のニュー・サウス・ウェールズ州に一瞬入った以外は、クイーンズランド州から一歩も出なかった1年でした。

2013年 :1年の前半と後半二回も母がブリスベンを訪ねてくれて、合計半年近く滞在してくれました!
1月には、母と娘とともにケアンズに行ってまいりました。私は15年ぶり、母と娘は初めてのケアンズです(そのときのことはブログにはまだ全然書いてません…すいません。涙)。
それから母とともに泊りがけでゴールドコーストの海ではなく「山」に滞在したりもしました(これもブログには全然書いてません…すいません。涙)

それにしても総じてろくでもないことも多い1年でしたorz
年末にはブリスベンから日本に戻ったばかりの母が思わぬ怪我をして入院して手術を受け、急遽日本でなんちゃって介護を体験したりもしました。
日本ばかりに目が向いていた1年だったなぁ。
ここらでビシッと運気を変えたいなぁ。

2014年 : さて、今年は・・・?


リスト ブログURL(brisbane.gday.jp)の、Brisbaneはともかく「gday」ってナニ?
「G’day」というのは「Good day」の略、つまり「こんにちは」のご挨拶です。
「Good day」そのものはオーストラリア以外の英語圏でも使う普通の挨拶言葉なのですが、「グッデイ」ではなくオーストラリア訛りで「え」の音を「あ」の音っぽく変化させてしかも小さい「ッ」を言わずにダラリとした感じで「グダイ(『グ』のGは極力小さく言う)」で発音すると、アラ不思議!
あっという間にそれは「オーストラリアでの挨拶(かなりくだけた表現)」になってしまいます。
有名なのが「G’day」の後にmateをつける、「G’day,mate !」という挨拶です。
イギリスとかアメリカとかの普通?の英語読みだと「グッデイ メイト」ですがオーストラリア式発音は「ぐだい、まいっ!」という感じ。
ちなみにmateというのはオーストラリアでは男の人同士だけの間を示すので、このご挨拶は、レディは使っちゃいけないそーです(てか、現代オーストラリアではもはやこの挨拶は『死語』で、観光地ぐらいでしか聞かないですけど)。
もうひとつちなみに「G’day」というのも男性言葉なのでmateを取ればいいとかそういう問題でなくレディは使っちゃいけないそーですが、そこは日本人なので勘弁してください。(笑)
リスト このブログについて
2004年から某所でやっていたブログから、2010年11月よりこちらに引っ越して参りました。
以前のブログは、2005年末、Yahoo! JAPANのカテゴリーに登録していただきましたヽ(^o^)丿
当ブログも以前のブログからURL変更という形で、引き続き登録されています。

※ 証拠のリンクは、ここをクリック!(* ̄∇ ̄*)

以前のブログからのログは、追々こちらに移動させたいと思ってます(が、なかなか作業は進みません・・・まぁ、焦らずのんびりやっていきます(T-T))
初めての方もお馴染みさまも、こちらでもどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

なお、当ブログの感想などを、各ブログ記事または「足跡ページとして使用しているコメント欄」に残してくださると、とっても嬉しいです。
よろしくお願いしまーす!(^^)!

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